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沖縄集団自決冤罪訴訟原告最終準備書面その1の5
⑵ 原告梅澤の精神的苦痛について
    『沖縄ノート』の本件記述1は、座間味島の集団自決が原告梅澤が発した
《命令》によるものとする事実を摘示するものであり、これによって原告梅
澤が被っている精神的苦痛は、『太平洋戦争』によるもの(第1−3)と同
一である。《梅澤命令説》の記述につき、『太平洋戦争』のそれは明確であ
り、『沖縄ノート』のそれは、曖昧であるとの違いがあるが、『沖縄ノート』
が著名なノーベル賞作家である被告大江の著述であり、30万2500部が一般
書店等で販売されたことに鑑みれば、その権利侵害の程度は、初版を含めて
約18万部が発行された『太平洋戦争』を凌駕しており、原告梅澤が被った
精神的苦痛もそれ以上のものがあると言わざるを得ない。
  ⑶ 真実性と相当性について
   本件記述1が摘示している《梅澤命令説》が事実ではなく、遅くとも平成
12年12月に発行された宮城晴美著『母が遺したもの』が、沖縄タイムス出
版文化賞を受賞した平成13年12月には《梅澤命令説》の記述は、相当性を
失ったというべきである。
⑷ 結論
  したがって、《梅澤命令説》の事実を摘示する『沖縄ノート』の本件記述
1は、原告梅澤の名誉を毀損するものであることは明かであり、遅くとも相当
性が明白に失われた平成14年以降に発行された第47刷以後の販売について
は、原告梅澤に対する名誉毀損の不法行為の成立が認められる。 
3 『沖縄ノート』による原告赤松に対する人格権侵害について
  ⑴ 人格権侵害の成立要件について   
    死者の名誉毀損ないし遺族の敬愛追慕の情を侵害したことによる不法行為の成立要件については、原告準備書面(6)第7、第8で詳論したとおりである。 
被告らは、沖縄戦における慶良間列島での集団自決は、既に歴史的事実に移行している等として成立要件の厳格化を主張するが、『沖縄ノート』が発行された昭和45年当時、赤松隊長は49歳で健在であり(甲C1の2)、その記述内容も、その年の3月28日に同人が渡嘉敷村主催の慰霊祭に招待され、埠頭から渡島するところを活動家らに阻止されたという極めて時事的な事件を取り上げて論評したものであり、歴史的事実を取り上げたものということは到底できない。  
また、『沖縄ノート』の渡嘉敷島の守備隊長であった赤松隊長に関する本件各記述の論評が前提としている《赤松命令説》は、その出版から3年後に発行された曽野綾子著『ある神話の背景』(甲B18)によって全く根拠を失っており、その後も渡嘉敷島での集団自決は、その原因と責任をめぐり、第3次家永教科書訴訟が提起されるなど、長らく国民的論争の中心にあり続けてきたのであり、現在もまた教科書の記述のあり方をめぐり、政治的論争の渦中にあることは公知の事実である。すなわち、集団自決の原因や責任をめぐる諸事実は、未だ歴史としての扱いも定まらぬものであり、歴史的事実への移行を理由にして虚偽の事実を流布することによる人格権侵害の要件を厳格化することを正当化する理由はないというべきである(個人に対する責任の論評は、あくまで事実に基づいてなされるべきものであり、根拠のない事実による人格権侵害を容認することは、無責任な言論の跋扈を招き、却って言論の自由と真実を蔑ろにするものである)。   
本書面の第4(渡嘉敷島における隊長命令の不在)で詳述するように、本件では、渡嘉敷島における集団自決が赤松隊長の《命令》によるものであるという《赤松命令説》は根拠のない虚偽であることが明かになっており、『沖縄ノート』の本件各記述における赤松隊長に対する「人間の立場を越えたリンチ」ともいうべき究極の人身攻撃によって原告赤松が被った人格権侵害が不法行為を構成することは明かである。   
  ⑵ 本件各記述による人格権侵害について
   ア 本件記述1における「この事件の責任者」が、二人の「守備隊長」を指
すものであり、渡嘉敷島の集団自決については、渡嘉敷島の守備隊長であった赤松隊長のことであり、赤松隊長が無慈悲な《命令》を出したという《赤松命令説》の事実の摘示を含むものであることは、それが《梅澤命令説》の事実の摘示を含むとした前記2⑴と同じ理由である。
     とりわけ渡嘉敷の赤松隊長に対しては、「屠殺者」「戦争犯罪者」等の個人非難が向けられ、本件記述3に「あの渡嘉敷島の『土民』のようなかれらは、若い将校たる自分の集団自決の命令を受け入れるほどおとなしく」との記述があり(甲A3p211)、誰が読んでも赤松隊長が《命令》を発したと読み取れるのであり、それが《赤松命令説》の事実の摘示を含むものであることは余りにも明らかである。
     尚、被告大江は、その陳述書と証言において、本件記述1と本件記述3の「命令」の意味につき、《部隊の行動をさまたげないため、また部隊に食糧を提供するため、いさぎよく自決せよ》の《命令》ではなく、「タテの構造」によって住民たちに押し付けられた手榴弾配布のような軍隊の実際行動の総体(乙97p13)ないし「時限爆弾としての命令」(乙97p27)をいうと陳弁するが、そうした解釈が成り立つ余地のないことは⑹で後述する。
   イ 本件記述3(甲A3p210〜)には、「慶良間の集団自決の責任者も、そのような自己欺瞞と他者への瞞着の試みを、たえず繰くりかえしてきたことであろう。人間としてそれをつぐなうには、あまりにも巨きい罪の巨塊のまえで、かれはなんとか正気で生き伸びたいとねがう」との表現がある。
     「罪の巨塊」は、被告大江の造語であり、その正確な意味を読み解くのは困難を伴うが、普通に読めば、それが集団自決を命じたという到底償えない重く「大きな罪」の意味だと読み取れる。
     すなわち前記表現は、赤松隊長が集団自決を命じたことを非難するものであり、その罪を明確に断罪するものである。それは《赤松命令説》を間接的に事実摘示するものであるとともに、《赤松命令説》を前提事実としてなされた論評である。
   ウ 同じく本件記述3には、「二十五年ぶりの屠殺者と生き残りの犠牲者の再会」という表現がある(甲A3 p211)。  
     そこで「屠殺者」とされているのは、「守備隊長」だった赤松隊長である。
被告大江は「屠殺者」の意味について「むごたらしく人間を殺した者」というが(乙97 p21)、むしろ、ハンナ・アーレント著(大久保和郎訳)『イェルサレムのアイヒマン』のなかで大虐殺がなされた場所の意味で使われた「屠殺場」(甲B90 p8)の用法が持つ意味になぞらえて「虐殺者」と解するのが自然であろう。
     「むごたらしく人間を殺した者」であろうが、「虐殺者」という意味であろうが、「屠殺者」という表現が、激しい人格非難を伴うものであることは疑いを入れず、また、前記表現を事実の摘示と解そうとも、意見論評と解そうとも、《赤松命令説》を間接的・黙示的に摘示し、或いは、それを前提事実としていることは明かである。
エ 同じく本件記述3には、「ひとりの戦争犯罪者にもまた」との表現がある(甲A3p211)。「ひとりの戦争犯罪者」が赤松隊長を指すものであり、赤松隊長が《命令》を下したことを間接的に事実摘示するものあるか、或いは、《赤松命令説》を前提事実とする論評であり、やはり赤松隊長の名誉を毀損する個人攻撃である。
オ 同じく本件記述3には、「かれのペテンはしだいにひとり歩きをはじめただろう」との表現(甲A3 p210)がある。この「ペテン」の表現が、赤松隊長が当時の週刊誌等で命令を出したことを否定するコメントをしていることを捉えてなされたものあることは明かであるから、その表現が《赤松命令説》が真実であることを前提事実とした論評表現であり、嘘をついて責任を逃れようとする卑劣な男だという人格非難を伴ってなされた赤松隊長に対する個人攻撃であることについても、異論はなかろう。
カ 本件記述4には、「かれはじつのところ、イスラエル法廷におけるアイヒマンのように、沖縄法廷で裁かれてしかるべきであった」(甲A3 p213)との表現がある。
被告大江は、日本軍の典型的な犯罪である集団自決の将来における再現をふせぐために、裁判を開くことを想像したとし、「旧守備隊長をアイヒマンになぞらえ、『沖縄法廷』による公開処刑をまで言い出している、とする読み取りは、まったくあたっていません」(乙97p26)とする。
しかしながら、ナチスのアイヒマンがユダヤ人大虐殺(ホロコースト)の責任者であり、戦後、逃亡先のアルゼンチンでイスラエルの工作員に拉致され、世界中に公開された「イスラエル法廷」で裁かれ、絞首刑に処された事実を知るものにとっては、「イスラエル法廷におけるアイヒマンのように沖縄法廷で裁かれてしかるべきであった」との表現は、イスラエル法廷でホロコーストの責任者として有罪の裁きをうけ、絞首刑に処せられたアイヒマンになぞらえて、赤松隊長もまた、集団自決という虐殺の責任者として裁かれ、絞首刑にされてしかるべきだという断罪の響きを伴うものであることは否定できないであろう(因みに、原告らは、公開処刑などとは一言も述べていない。被告大江の誤読である)。
本件記述4の前記表現は、《赤松命令説》を間接的に主張し、または、黙示的に示すものであり、百歩譲っても、《赤松命令説》を前提事実として、赤松隊長をまさしく神の視点(自分は絶対に正しいという視点)に立って断罪する人身攻撃の論評であることは明かである。 
     尚、被告大江は、本件記述4の趣旨に関し、陳述書(乙97p25〜)や証言において、ドイツ青年の罪責感を取り除くための応分の責任を果たすため、自分を公衆の前で絞首するように提案したことを取り上げ、日本青年にはドイツ青年のような罪責感が一般的にないとか、赤松隊長には、そうした殊勝な心がけもないかのような論評を行なっている。しかし、アイヒマンがした上記提案について、アーレントは「無意味なおしゃべりにすぎない」(甲B90p188)と切り捨てており、ドイツ青年の罪責感についても「安っぽい感傷に逃れようとしている」と手厳しい(甲B90 p194)。被告大江の上記陳弁は、それこそ「無意味なおしゃべりにすぎない」である。
  ⑶  《赤松命令説》の真実性・相当性について
  本件記述1〜4は、いずれも《赤松命令説》を間接的・黙示的に事実摘示する事実表現ないし《赤松命令説》を前提事実とする意見論評であるが、《赤松命令説》が事実ではなく架空であったことは、第4(渡嘉敷島における隊長命令の不在)で詳述する。
そして遅くとも、昭和49年に発行された『沖縄県史10巻』(乙9)から《赤松命令説》が削除されてから以後は、相当性も消失したことは明かである。
author:南木隆治, category:-, 02:13
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